2008 論文奨励賞の審査を終えて
2008 年度の日本高専学会論文奨励賞(第4回)には、全国 11 高専から 15 件の申請があった。その内訳は、機械系論文4件、電気電子系論文6件、化学物質系論文1件、建築土木系論文4件であった。化学物質系が少ないものの昨年度までにくらべ新規申請の高専が6校9件もあった。これによって、これまでの申請校は 30 校(全体の約 50 %)、応募件数は延べ 41 校 52 件となり、また北海道地区から九州地区まで片寄りなく応募があり、本論文奨励賞が着実に全国に展開していることがわかる。
申請時に示された「審査基準」にしたがって、次の二段階の厳正な審査が行われた。第一次審査は、各論文について各3名の高専専門教員に依頼し、論文の「独創性・新規性」、「技術的有用性」、「完成度」について 5 段階評価し、その評価点を 50 %とした。第二次審査においては、6名の表彰委員会審査委員が、「国際性」、「地域性」、「社会貢献度」、「論文掲載の有無」、「発表の有無」、「その他」の 6 項目について審査を行い、その評価点の配分を 50 %とした。
以上の第一次審査で 15 名から7名に絞り込み、第二次審査では、7名から最優秀論文奨励賞1件、優秀論文奨励賞を3件選出した。
今回の選考における印象深い注目点を以下に整理するとともに、専攻科生の研究実績と実力の高さに敬意を表したい。
応募件数は 15 件で、昨年度と同じであったが、平均的には昨年度を上回っていた。国内の学術論文誌への投稿あるいは国内外での口頭発表は活発に行われ、これらの成果は、大学院修士課程の到達レベルを越えており、改めて高専専攻科生の到達水準の高さと実力を確かめることができた。
審査で上位に残る学生は、ほとんどが国際会議に参加しており、TOEIC スコア 700 点以上をとっている場合が多い。このように指導教員と専攻科生の国際的な取り組みは、全国の高専専攻科生に国際的コミュニケーション能力の涵養がなされている証拠であり、これらは高専本科生への強い刺激ともなり得るものである。「高専生は英語に弱い」という評価は、もはや過去のものになりつつある。
いずれの論文も、独立行政法人国立高等専門学校機構の中期計画の一環である教育・研究の国際化、創造性教育、特許教育などに即しており、高専の発展に大いに寄与するものとして評価することができる。
それぞれの学生は、ロボコンや学生会、部活動など、各自の能力を活かした様々な活動にも積極的に参加しており、高専がめざす地域連携の担い手としての専攻科生の活躍も特筆される。
以上の4点に示された特徴を踏まえると、専攻科生の国際的研究レベルの高さや国内外における共同研究や特許、地域連携などにおける多数の実績が明確に示されており、それらは本学会の専攻科論文奨励賞にふさわしいものであるといえる。
以下、受賞者と選考理由を示す。
- ●最優秀賞
- 氏 名 佐本佳昭(さもと よしあき)
論文名 河川・海岸構造物周辺の流れと河床変動に関する研究
所 属 明石工業高等専門学校専攻科 建築・都市システム工学専攻 2 年
本論文は、3本の川を対象にそれぞれ異なるテーマを設定し、文献調査、現地測量、模型実験、数値計算など多角的に取組み、数多くの知見を得た。それぞれの川を通して得られた知見は、防災及び環境の両面から地域社会や産業界の発展に大きく寄与するものである。「明石川の透過型石積み水制周辺の河床変動に関する研究」の成果は、洪水時に水制周辺に作用する流体力と河床変動量を予測し、それに対応するための被災防止対策の立案に活かされた。また「落差工の改変に伴う上流河道の河床応答特性に関する研究」では、京都桂川の落差工改修計画に関連して進められた研究で、防災面での河道の安定性と環境面での流れの縦断的連続性の確保というコンフリクトを解消することによって、防災と環境の両面に配慮した川づくりの方策を提案した。また、「都志川河口沿岸域の浅海地形と海浜流のモニタリングに関する研究」では、数年規模の波浪特性や沿岸流の季節的変動を観測し、砂州の動態を明らかにしている。これらの研究は、本科4年次から専攻科2年次にわたり、各種助成金や京都大学などと共同研究を行ったものであり、産学官連携のもと地域に密着した研究である。
これらの成果は、国際会議2件(うちファーストオーサー1件)、学術論文1件など合計 18 件の論文および口頭発表により報告されており、筆頭著者は 12 件である。特徴的なのは、国内の口頭発表であるにも関わらず3件も英語でプレゼンしている点である。TOEIC スコア 680 点を取得しているが、このような実践を通すことで、さらにレベルアップを図っている。
本科5年次ではクラスや研究室のまとめ役として、勉強だけでなく人物も評価され、全国高専土木工学会近藤賞を受賞した。将来的には大学院博士課程への進学も視野にいれ、共同研究を行っている京都大学大学院への進学を決めている。
以上の優れた業績が、日本高専学会論文奨励賞(最優秀)に値すると評価された。
- ●優秀賞
- 氏 名 遠藤 翔(えんどう しょう)
論文名 FDTD 法の FPGA 実装における時空間パイプラインによる高速化
所 属 仙台電波工業高等専門学校専攻科 電子システム工学専攻 1 年
電磁波・光デバイスの研究開発において、代表的な電磁界シミュレーション手法として FDTD 法があるが、計算時間や使用メモリが増大する問題があった。これを解決する方法として、FPGA などのハードウェア実装により高速化することが研究され、時間ステップごとに解析領域内の電磁界を計算する方法がとられていた。それに対して、従来法では不可能であった複数の時間ステップの電磁界が同時に計算できる時空間パイプラインという新しいハードウェアアルゴリズムを提案し、パイプラインの段数分だけ高速化できること、および使用メモリを大幅に削減できることを明らかにした。
これらの成果は、5年次の卒業研究をベースに春休みに集中的に発展させ、専攻科1年の5月に学術論文誌に投稿し、査読者の指摘にも丁寧に対応し、1年生の1月にはすでに学術論文誌に筆頭著者として掲載された。また、すでに5件の口頭発表(いずれも筆頭著者)も行っている。
本科時代には、ロボコンに取組むと共に、ディジタル技術検定試験に合格し成績優秀者として文部科学大臣賞を受賞している。また、TOEIC 730 点を取得し、国際会議に備えると共に、IEEE への論文投稿も予定しており、研究職への道を目指して、着実に歩んでいる。
以上の優れた業績が、日本高専学会論文奨励賞に値すると評価された。
- ●優秀賞
- 氏 名 上村基成(かみむら もとなり)
論文名 都市下水処理場活性汚泥内の脱窒素細菌群の解析
所 属 長岡工業高等専門学校専攻科 環境都市工学専攻 2 年
下水処理分野において、広く普及している標準活性汚泥法は、膨大な電力消費と余剰汚泥の生成が大きな問題となっている。それに対して、硫黄の酸化還元サイクルを活性化した新規の省エネ型都市下水処理システムを開発中である。そのシステム内で、窒素除去を担う微生物群の構造解析を分子生物学的手法を適用して行い、システム内での進行している現象を解明し、さらにシステムの処理効率をあげる方策を提案した。その中で、従来、脱窒素反応槽への有機物の添加によって本来は従属栄養型脱窒素細菌群が活性化しているものと考えられていたが、硫黄塩還元菌群との共生により独立栄養型(有機物を必要としない)硫黄脱窒素細菌群が反応を担っていることを、膨大な実験から明らかにした。
これらの成果は、筆頭著者として学術論文に掲載されるとともに、8件の口頭発表(筆頭著者4件を含む)を行っている。今後は国際会議での活躍が期待される。
本科の成績は常に上位で、陸上部( 110 mハードル)や学生会などで活躍すると共に、専攻科では地域の行事に参加するなど、バランスのとれた学生生活を送った。
以上の優れた業績が、日本高専学会論文奨励賞に値すると評価された。
- ●優秀賞
- 氏 名 望月 優(もちづき ゆう)
論文名 高強度鋼のコーキシング効果に及ぼす強度の影響
所 属 豊田工業高等専門学校専攻科 電子機械工学専攻 2 年
高強度材料の長寿命化をめざした研究は、省資源、省エネルギーをめざす現代社会において大きな価値を有する。本論文では、これまでほとんど報告のない高強度鋼のコーキシング効果(材料の疲労限度以下の過小応力を負荷した後に、繰返しに伴い応力を段階的に増加していくと破断応力が著しく上昇すること)の有無と発現メカニズムを検討するために、強度レベルの異なる3種類の高強度鋼の硬さ、引張特性、疲労特性などの基本的特性から適切な応力漸増試験条件を設定するという独創的な実験手法を用い、そのうちの2種類の高強度鋼にコーキシング効果を認め、コーキシング効果には強度が影響していることを示唆した。また、その発現機構としてひずみ時効が寄与していると推定し、新規性の高い知見を得た。
これらの成果は、4件の国内口頭発表で報告され、うち3件は筆頭著者(うち1件は優秀講演発表賞を受賞)である。また、2件の国際会議でも報告され、うち1件はファーストオーサーで発表をおこなった。語学力は、本科2年次に中米コスタリカへ1年間の語学留学を行い、TOEIC 665 点の実績に裏付けされている。
以上の優れた業績が、日本高専学会論文奨励賞に値すると評価された。
|